お侍様 小劇場 extra

     湯屋のお宿へ “寵猫抄” 〜もしものその後…? C
 


 年末も極まった頃合いなので、世間様はそりゃあお忙しいあれこれに追われておいでなことだろう。テレビをつければ、社会を騒がせたあれこれを綴ってこの1年を振り返ったり、はたまた年越しの様々な催事を取り沙汰するニュースが流れていたりするのだろうが。せっかくの羽伸ばしにと、しがらみ置き去りにして遠出して来た身。そういった騒音からも大いに離れることにし、閑とした宵にひたる。母屋に連絡し、若い衆らに酔い潰れてしまった御亭を迎えに来てもらい。こちらさんも似たような容体、初めてのお酒に眸を回し、幼い肢体を小さく丸め、くうくうと眠りこけてる仔猫をお膝に見取りつつ。静かな宵を独り占めならぬ“二人占め”、差しつ差されつして初冬の夜長を堪能していた主従二人だったりし。常にはうなじで一つにまとめている、くせのない真っ直ぐな金絲を、風呂上がりだとてさらりと肩口へ流したままな七郎次が、
「どうぞ。」
 かすかに小首を傾げるようにし、綺麗な白い手添えた藍染めの銚子を優美な所作で傾ければ。特に媚だの艶だの見せてもないにも関わらず、ただそれだけで同じ酒が至高の美酒となるかのようで。その御手にて満たされたぐい呑みを愛おしげに眺めては、しみじみと口許へ運び、じっくり堪能して味わう勘兵衛なの、こちらも妙に嬉しそうに、頬染めて見つめる供連れ殿だったりするから…限
(キリ)がないったらありゃしない。(苦笑) 久蔵がやんちゃをして土産物屋の看板犬にちょっかいを出したけれど、何の向こうが一枚上手で。お顔をべろんと舐められてしまい、総毛立ってしまっての、ぴゃ〜っとこっちの肩口まで駆け上がって来たところはそりゃあ可愛らしかっただの。自分には小さな和子の姿での一部始終だったけれど、周囲の人々には幼い仔猫と 彼より何倍も大きなラブラトール・レトリバーとのご対面、

 「小さな仔猫が咬まれやしないかって、ハラハラさせちゃったかもですね。」

 そこのところは ちょっと考えなしだったかもだのと。散策の先でこんなことがあったあんなことがあったと静かな口調で話す七郎次へ、特に何か言うでもなく、ただただ相槌を打つばかりの勘兵衛であり。そんな彼の胡座をかいたお膝には、彼なりにいろいろと体験を増やした小さな坊やが、くうくうと安らかに眠り続けているばかり。時折ふるるっと綿毛を乗っけた小さな頭を震わせて見せるのも、本来の仔猫がよくする、眠ったまんまでお耳を揺する仕草だろうと、もはや慣れている二人なので。おやと微笑ましいお顔になるだけで、先程のように大仰に案じたりはしない。ただ、それを見やった眸が上がり、その視野の端にかすめた柱時計が結構な時刻を示していたものだから、
「随分と遅うなったの。」
 最初から静かな空間だったので、気づかなんだものだろかというよな気色の言いようをした勘兵衛へ、
「そうですね。」
 大したことをお話ししていた訳でもありませぬのに、あっと言う間ですねと。七郎次もまた相槌を打ち。何という予定があるでもない逗留だけれど、長々と車に乗り詰めではあったので、そろそろ休みましょうかと七郎次が先に立ち上がる。次の間に敷かれた布団、冷たいようなら足元へ湯たんぽでも入れて差し上げた方がいいかしらと、その辺りの様子を見に行きかけた彼だったけれど、

 「………あ。」

 座ったままでいた勘兵衛からぐいと腕を引かれ、倒れ込みかけて…狭間に久蔵が挟まれぬよう、咄嗟に相手の肩へと手をついた七郎次。何なさいますかと、ややキツイ眼差しで見返せば、
「なに、この子の寝床はお主が作ってやらねばと。」
 そちらさんもちゃんと防御は構えておいで。丸められた小さな身の上へもう片やの腕を差し渡し、踏みつけられないようにと庇った和子と七郎次のお顔を交互に見やり、そっちを頼むと言いたかったらしい御主様。
「〜〜〜。」
 こんな格好で引き留めずとも、口で言って下さりゃあいいものを。ああ、でも、立ち上がった相手へは声を少しほど上げねば届かず、そんなしたら久蔵を起こしてしまったかもしれない。だから…なのだと、相手の思ったらしいこと、そこまで一瞬で判ってしまえる自分もどうかと思いつつ。間近になったお顔を見やれば、
“…あ。”
 意志の強さをそのまま示して、きりりと引き締まっておいでな口元が、今は仄かにほころび、頬笑んでおいで。意図があったかどうかはともかく、七郎次が振り回されてしまった今の顛末、愉快に思ってのことだろけれど。棘のないまろやかな笑みには、何か別な感情も滲んでいるように思えてしまい、

  「…勘兵衛様。」
  「?」
  「あんまりそのようなお顔で微笑わないでくださいませ。」
  「? このような顔?」
  「ですから…。//////」

 愛しいものを見守る眼差し。思えばずっと、彼からそんな眼差しを向けられ続けていたのだということを、ここ最近になって特に意識するようになった気がする。幼く愛らしい久蔵のやることなすことへと向けるそれとは、深さや甘さが微妙に異なるまろやかな笑みであり。そして、そんな笑みを向けられてしまうと、

 「〜〜〜。/////////」

 ああ、どうしよう。妙に落ち着けなくなる、総身が熱に埋められてしまう。何でもないときの感情にまでそんな熱がついて回っては困る。時折 肌を合わせていることが、成り行きでのそれじゃあなくなってしまう。気持ちまで添っての抱擁になってしまってはいけないのに、割り切りの上でのつながり、いつでも縁を切れてしまえるそれでなければならぬのに。

 「七郎次?」
 「あ、いえ。」

 何でもありませぬと、邪険にならぬよう、勘兵衛の手からそおと自分の手を外させて。仔猫の寝床用にと持って来ていた、膝掛けサイズのファーのムートン、ボストンバッグへ取りにと立ってゆく。落ち着け落ち着けと、そんな呟きを唱える胸元を押さえた白い手には、それを捕まえていた勘兵衛の熱い手の感触の余韻が居残っており。そんなささやかな触れ合いを、含羞みつつも無邪気に嬉しいと喜べなくなったの、いつからだろかと思ってしまった七郎次でもあった。




    

 ここへと来る道中、ずっとハンドルを握っていた七郎次だったので、その疲れが多少は出たものか。暖かな寝床へ久蔵を寝かしつけ、寝間へと移った辺りからどこか肩を落とし気味な彼となってしまったのには、さすがに気づいた勘兵衛であり。懐ろへと掻い込んだそのまま、口さえ吸わずにおれば、その晩は何もせぬという何とはなくの了解があったため。おやすみなさいとの声を最後に、しばらくすると寝息を紡ぎ始めた彼を追い、勘兵衛もまたしばらくすると素直に寝付いた。それもまた自分からの影響なのか、他愛ないあれこれを並べることで誤魔化して、肝心な内面をあんまり語ってくれない節のある青年で。状況への洞察に長けているなどと持ち上げてくれるが、なんのなんの、大切な人の肝心なところはまるきり読めない、世に言う朴念仁だという自覚は強く。それでも大切な彼が表情曇らせるのだけは見たくはないと、

 “……そういえば、それを意識しだしたのもここ最近ではなかったか。”

 愛しい温み、懐ろに抱えたまま。ゆるゆると曖昧になってゆく意識を手放すその端境、少し冷たい何かが頬を掠めたような気がしたが。確かめるよりも眠りを選び、そのまますうと寝ついた勘兵衛であり、




 《 ………。》

 壮年殿の頬を撫でたは、少し小ぶりな真白い手。連れ合いのそれにもよく似た、日本人離れした白さの手は、だが、その懐ろにきちんと収まっている、七郎次のそれでは勿論なくて。襖で隔てられた隣りの部屋へ、暖かいようにとの工夫を凝らし、ファーのパッチワークのブランケットで設えた寝床に寝かされた仔猫の姿がないその代わり。音もなくの忽然と現れた このうら若き美丈夫こそは、二人と不思議な縁
(えにし)を持つ存在であり。仮の寄り代にした関係で、人の目には仔猫としてしか映らぬはずが、彼らにだけは人の和子に見えていることへも起因している、とある事情があることさえ知らぬままだのに。大して不審がりもせず、奇妙な和子を間近に置き続ける彼らの大した度量は、居場所を決めぬ妖異狩りを惹きつけてやまず。この時代での関わりごとには鳧がついたにもかかわらず、結果として、その傍らへの居続けをさせている初めての相手だったりし。それと、

 《 …。》

 もうひとつほど、気になっていることが無くもなく。どの時代で出会った彼らのいづれも、もっと素直に互いを好いておったのに。立場が違ってのこと、直接触れ合うことへは禁忌があって無理な時代でも、交わし合う眼差しは固い絆を思わせての率直だったし。どちらかが先に逝っても、そうと至った行為を重々理解し、その死さえ尊んだほどの深い情愛で慕い続けた二人だったのに。何でまた…目に見えての身分差も障害もないこの時代の彼らは、こうまで屈折し合っておるものか。愛しい相手だからこそ、肌まで合わせての慈しみ合っているくせに、どこかに崩せぬ一線を残している頑ななところが、傍目にも何とも歯痒うてならなくて。自分との関わり、この時代ではそんな形で負の陰を落としてでもいるものかと、気になったのが発端といや発端なのだが、

 『人という生き物はどんな時代にあっても厄介なものよ』

 そうと自分へ言った存在の気配、ふと感じると寝間の傍らから立ち上がり。縁側廊下のサッシ越し、月光吸って白く明るんだ障子戸を見やった青年の、若木のような姿がふっと、幻のように宙へと掻き消えた。





     


 《 遅い。》

 厚手の錦の単
(ひとえ)のような、だが袖はないところが半臂に近いか。膝下まであるそんな仰々しき羽織の下へ、仄かに透ける様々な色合いの絽を幾重にも重ねた装束も、微妙に同じな男が一人。冴えた月光の下、つややかな黒髪をさらして立っており。さっきまでいた離れの屋根の上、すうと姿を現した金の髪した青年へと向け、鋭い一喝を投げかける。短い一言だったけれど、そこへと含まれている色々は重々承知か、

 《 …。》

 言葉での返事はなかったが、すまぬという顔をしたのを読み取って。取り繕うことも出来ぬ不器用な同輩へ、はあという吐息をつくと、それでもそれ以上は叱咤もよした兄様分。自分の胸元まで差し上げた手のひら、きれいな形に広げると、

 《 月夜見様の御光珠、貴様の分も預かって来てやった。》

 そうと言って…そこへと灯したのが蛍火のような小さな光。彼らという存在が、陽世界にて存在し続けるのに必要な生気の源であり、此処へ居続けるのならば毎年補充せねばならぬ大切なものなのに、待てど暮らせど御杜へ現れぬ彼だったので、代理で預かってくれてたらしく。やはり寡黙な綿毛頭の彼が、

 《 ………。》

 細い顎を引き、忝
(かたじけ)ないとの目礼寄越したの、微妙なそれを読み取れることへこそ優越を感じでもしたものか。説教する気は完全に失せての、口許和ませ。その光ごと右手を上げると、それを見て素直に歩み寄って来た同輩の口許へ、指先そおと触れさせて。清水でも含ませるかのように、その光を飲ませてやって。すると、

  ―― 光が体内へと馴染んでゆく態 示すよに

 軽く伏せられていた目許にかかる、軽やかな額髪がそよいだ風に煽られて躍り。その身へまとった絽の袖や裳裾も、はらはらとそよぎ始める。せっかく美麗なその顔容、年中凍りついたような無表情で固めている君が、この瞬間だけは…仄かに頬染め、飛びっ切りの甘露を舐めたよな、うっとりとした恍惚の表情とやら、目許や口許へとあからさまに浮かべるものだから。どこでどう知ったものか、年またぎのこの時期ともなると、それを見たさな下心もありありと、陽界以外の他の地域に散ってる同輩らまでもが妙に出仕の間合いを合わせても来。御杜が一気に繁雑になること請け合いの、火種の君でもあったりし。

 “御杜の者らにしてみれば、当人が来ない方が平和でいいとか言うておったが。”

 そんな火種様、恐らく自覚はないに違いない。これもまた…聞けば寿命が延びるとまで評判の、甘い吐息を一つつき、授かった光の生気がやっと馴染んで静まったのだろ、元のお顔へ戻ったところへ、

 《 大体、なんでまたこんな遠い処におる。》

 識別さえ出来れば、同じ次界内ならひとっ飛びではあるけれど。いつもあの洋館からほとんど出掛けぬ身と思っておれば、こんな肝心な頃合いに姿が無いから、どうしたことかと多少は焦った彼だったらしく。まだ少々目許がとろりと潤んだままな久蔵、その足元を見下ろすと、

 《 連れて来られた。》
 《 …だろうよな。》

 日頃は小さな仔猫の彼だということも把握済み。この屋根の下で安らかに眠っている二人が飼い主で、彼らと行動を共にしたまでのこと…なのは、こっちの彼とて わざわざ言われずとも承知でもあって。
《 俺が言いたいのは、だったら伝言を残していくとか。》
 何かしら言伝てるやりようはあっただろうがと、言いかかったところへ、

 《 呉服屋の寡婦は、自分チの黒猫のヒョーゴへ他の猫を寄せぬ。》
 《 …うっせぇな。ユキノ殿は情が深いだけだ。//////》

 島田さんチからはちと遠い、そりゃあ閑静なお屋敷町にある由緒正しい呉服屋では、いかにも高貴な血統でございまするという、しなやかな肢体と優美な素振りも麗しい、小じゃれた風貌の黒猫が評判だとか。……そちらのお宅では彼がどう見えておるものか、ちょこっと興味がわいたりしてvv

 《 俺はちゃんと自己制御が出来ているからっ。》

 不器用なこやつのように自分に封などしてはいないと、いちいち場外へまでお付き合い下さってありがとうございます。…といいますか、次元軸補完の原則から、他次界の存在へ まだ起きぬ危険を先んじて知らせるのだけはご法度だったので。それでも護りたかったという無理をば通すため、何も知らない身では何を問われても応じようがないという力技を選んだ彼であり。猫の姿へその身をやつす際、ずんと幼い和子へまで溯っての自身の意識へ封をかけ、事実露見という格好での破綻が起きぬようにした久蔵だったらしく。そんなややこしいことをしたがため、選りにも選って 術への法力が足らず、正体がばれてはまずい相手へこそ、奇異な存在になって見えているという、とんでもないぼろまで出ている本末転倒ぶりだったのだけれど、

 《 自分らにだけ幼子に見える現象を、ありがたがっとる奇特な連中だからなぁ。》

 ああまで柔軟な相手なのだったら、いっそ姿をやつす必要自体なかったのかも知れぬと。そういうことほど後になって判るんですよね、実際の話。
(苦笑)

 《 ともあれ、
   彼らの元へまだ居座るつもりなら、今宵の騒動には消去の咒をかけておけ。》
 《 ???》
 《 …まさか本当に酔っておったのか? まるきり覚えておらぬとか?》
 《 ………。(……頷)》

 邪妖を倒す腕っ節の見事さは歴代の三指に入るほどと謳われておるくせに、それ以外ではこんなまで頼りないことで本当に大丈夫なんだろかと。後見の青年が思わず口許歪めたのも無理はなく。

  “…俺もたいがい、付き合いがいいよな。”

 その冴えた見栄えだけなら絶世の美姫ばり。だのに、幼い所作にて無防備にもきょとりと小首傾げる朋輩へ、何でもねぇさと わざとのぶっきらぼうで応じてやって。用は済んだんだ、とっとと暖かい寝床へ戻れと、手触りのいい綿毛頭を撫でてやる。こっくり頷き、部屋まで戻った影を見送ったそのまま、自分は…彼がちゃんと“忘却の咒”を唱えるかを見守っている辺り、こちら様もやっぱり、どの時代においても苦労性な兵庫殿であるらしく。何だか不思議な関わり合いの、あちこちへからまりからまるこのお話。こんがらがったままにて年をまたぐようでございます。





  〜Fine〜 08.12.30.〜09.01.05.

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  *……で、年をまたいでしまったですね。
   ということで、賭けはあなたの勝ちでしたね?
   そういえば、小劇場も“続かない”と言っといてこの勢いですし。
   こちらも 何だか“シリーズもの”化しそうかも?(今頃遅い?)

めるふぉvv めるふぉ 置きましたvv **

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